マンションのような集合

建てたい家のアウトラインを決める

あの頃はモダン好みの時代であったから、日本的な引き戸というものがあまり歓迎されなくて敢えてダブルハングの窓、あるいは観音開きの窓が、それらのモダンな建物の建具として選ばれたものでした。
そしてこれらは、だいたい鉄製でした。
ちょうつがいこの場合、ていねいにていねいにペンキを塗り重ねて、錆びないように蝶番にも油を差してと可愛がってやると、イギリスの家にあるようにひじょうに味わいのある鉄サッシというものに育っていく。
だけれども、日本のような高温多湿な国ではよっぽどこまめにペンキ塗りをしないとすぐ錆びて、最後には腐ってただ汚くなってしまう。だからその手入れが面倒だと思う人にとっては、適切な素材だとは言えないということになりますじゃ、アルミサッシはどうかというと、これは藤森さんと直ちに意見が一致した。これは腐敗素材です。アルミサッシというのは、できたときも味わいがないけれど、古くなってくると、ますます味わいがなくなってきます。たしかに気密性はいいし、軽くて丈夫だし、いま造るのにはもっとも便利なものだろうと思うけれど味わいの面から見ると、遺憾ながら腐敗していく。
たとえば昭和の初めぐらいにできた家のサッシが腐ってだめになったということがある。そのときに、便利だからというので、アルミサッシをあとから嵌め込んだとする。

ふだんされている大規模修繕

すると、せっかく味わいの出てきた建築物のそこだけが妙にのっぺりして風情がぶち壊しになったりします。ああ、あれがせめて木製サッシだったらなあと思うのだけれどね。
やはり、日本の場合は、風土的に、分自身の経験があるからです。
ダブルハングの窓を造る場合に、鉄や木材では難しい。
というのも、自三十年くらい前に蓼科高原に別荘を造ったときに、コンセプトは私が作りました。で、どうしてもアメリカの家のような瀟洒なものを作りたいと思ったわけです。それにはどうしてもダブルハングの窓が欲しい、とねしかし、当時はアルミサッシのダブルハングなど発売されていませんでした。そこで、鉄工所に鉄製を頼むか建具屋さんに木製を頼むか、迷った末、木製サッシをお願いしたのでした。

 

家具にも多くの需要がある

けれども、材木は湿度温度によって、伸び縮みが激しく、夏は高温多湿でサッシ自体がふやけて伸び、開け閉めが悪くなる。反対に、冬は乾燥して縮むから、スカスカになってしまって、たいへん不都合でした。また、昔の列車のダブルハング窓のように、バーを穴に差し込んで、窓が落ちてこないように止めるようにしたけれど、やはり、木が伸び縮みするために、この穴もずれてしまったりして、どうにも具合がわるいのでした。
日本では、ダブルハングの窓を木で造ることは駄目だ、だから昔は鉄で造ったんだと納得しこの経験から、ました結局、ダブルハングのアルミサッシというのができてきたからよいけれど、ブルハングという窓自体が、じつは不向きだということも実感したのでした。
太い柱のある場所

施工会社がアピールしたい点を明確にする

日本のような風土のなかではダしかし、実際のところを言うと、私はやはりこの欧風のダブルハング窓が好きで、自宅の窓は(部屋が全室フローリングの洋間ばかりというのにマッチさせる意味もあって)ほとんどダブルハングのアルミサッシを採用しています
障子という革命谷崎潤一郎の『陰影礼賛』という有名なエッセイにあるように、日本人は陰影というものをひじょうに大事にしてきたという文化があります。
『徒然草』にも「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは(花は満開のとき、月は満月の皓々たるときにのみ賞翫すべきだろうか、いやそんなことはあるまい)」という有名な一章があり、どこか暗い、陰の部分にこそ風情があるということを、われわれはずっと意識してきました。
たとえば日本家屋はひじょうに軒が深い。ここでまず直射日光というものが遮断される。それでも、庭には光が当たっていて、間接的な光が部屋のなかに射してくる。それ自体もうやわらかい光になっているのに、さらに障子というものを閉める。

資産の評定額をもとに算定される税金

光はその障子で青々しく濾過されて、具体性を失い、ただぼんやりとした陰影だけが部屋のなかを支配するようになる。谷崎潤一郎は、これがつまり日本の美だというのです。これは実にその通りで、なかなかの卓見だと思います障子というものが発明されたのは、実はそれほど古いことではないと思います。
いこう平安時代までは障子にあたるものといえば、簾や几帳、なんてものがそれでしょうか。
几帳は、衣桁のようなものに錦の布をかけた、現在のパーティションのようなものです。
それを部屋の中に立てて、外からの光と視線を遮ることになっていました。
ごく曖昧な間仕切りという感じです。
外の光が直接に入らないように、そういうもので光を遮って、たという伝統が、われわれ日本人にはあるのです。
うす暗い陰影を友として、ずっと暮らしてき江戸時代になると、紙が大量生産されるようになって、障子や襖も一般化してきます。それ以前は、普通の家には、高価な紙を貼り回した障子なんかはありませんでした。杉板を薄くそいで張った板戸はあったと思いますが、寺や武家屋敷のようなところにしかなかったはずです。
障子という素材ほどすばらしい発明はないと思います。「日本の家は木と紙でできている」といって、酉洋人にしばしば揶揄されるけれど、あの紙一枚閉めただけで、相当な保温性がある。ピシャッと暑さ寒さを防げるしかもきちんと閉めて、外から様子を窺ううことができない状態にしても、柔らかな光は射し込んでくる。

工事方針ではありません

部屋だけ暖かくすればいいというふうプライバシーを保ちながらも、明るさを遮断しない。紙というのはひじように優れた素材です。現代のシャツターやレースのカーテンが束になってかかっても障子の果たしている機能には及ばないかもしれない。
障子が書院造風の様式と組み合わされて、だんだんと一般の家にも普及してきたことによって、我々の住環境はとても住みやすくなったと思います。現代の新しい家の中にも、この優れた素材は、生かし得るものだと思います。酉日でも障子一枚閉めておけば、かなり防げますから、古臭いとして捨てるのではなく、洋間に障子、カーテン代わりに障子という提案や選択がもっとあってよいでしょう。

ガラスが家に入ってきた酉欧的で、しかも独特の美しさがあります。


部屋だけ暖かくすればいいというふう リフォームが容易 建設現場の隣で始